これから始まる未知の領域への突入を前に一息入れる。ユーフレ川左岸を30分も進むと第一の難関ゴルジュである。
幸いにも(予想通り?)まだ厚い雪渓で埋まり難なく通過できた。谷はまだ日陰で雪は固く、インゼル(岩の島)を越えてから安全を期して早めにアイゼンを装着した。
両岸のルンゼ(岩溝)から雪崩れた大きなデブリや雪渓上に散らばる大小さまざまの岩石に、本コースの厳しさが実感される。突然、先行者によって誘起された両拳大の落石が横を掠めていく。1100m付近で若干傾斜が緩み、振り返ると富良野・十勝連峰が残雪で輝いていた。
やがて雪渓は右に緩くカーブしながら一稜の裾に沿って左カーブし、稜線のお花畑に向かって40度を超える急斜面の直登になる。本コース最後の難関である。踏み外すと500mの滑落は避けられず致命的で、失敗は絶対に許されない。
表面数cmのザラメ雪の下は固く締り、ピッケルの石突が容易に刺さらない。数回繰り返して深く差し込み、確保して次にアイゼンを硬雪に蹴り込む。20歩、10歩、5歩と休憩回数が多くなる。
ふくらはぎが痙攣しそうになる。背筋を伸ばせないから、太ももにも大きな負担がかかり苦痛に顔がゆがむ。後ろというより下を見ると物凄い恐怖感に襲われるので、股間から下を見る。突然、一稜から小石の落石が立て続けに起こる。
「ラァク(落)!ラァク(落)!」と後続の男性が叫ぶ。一稜を登攀中の人がいるらしい。忍耐の時間が過ぎ、やがて傾斜が緩むとそこは旧道コースから山頂に取りつくハイ松帯であった。9時37分ついに登り切った。
心地良い疲労感と達成感に満たされる。ゆっくり休んで、頂上に向かう。
山頂からは遮るものが何もない、360度の大展望が楽しめた。富良野・十勝・大雪連峰はもとより、すぐ隣のポントナシベツ岳とその背後に夕張岳、遠くにはまだ真白な増毛連峰。足元に目を転じると、登ってきたばかりの急峻な本谷コースが俯瞰される。まさに地獄谷である。
何時まで居ても飽きないが、新道コースから下山することにした。こちらの東側斜面も急斜面で滑落の危険がある。1週間前に夏尾根から滑落して救助された登山者の話しを突然思い出す。日当たりが良いため、一転して柔らかな残雪上を心地よく下る。
気が緩んでいたためか、途中ユーフレ小屋に向かう覚太郎コースへ迷い込んだことに気づく。が、すぐに東側の尾根に戻って無事新道コース登山口に到着した。山部太陽の里キャンプ場の芝生で遊ぶ母子達に初夏の暖かい日差しが降り注いでいた。
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